M&A Lead > コラム > M&A > 介護業界のM&Aとは?業界の現状や課題・M&A成功のポイント・事例を徹底解説!
公開日:2025年6月4日
更新日:2025年6月4日

介護業界のM&Aとは?業界の現状や課題・M&A成功のポイント・事例を徹底解説!

介護業界のM&Aとは?業界の現状や課題・M&A成功のポイント・事例を徹底解説!の見出し画像

介護業界は今、大きな転換期を迎えています。高齢化による需要増加の一方で、人材不足や経営の持続性に関する課題が山積しており、多くの事業者が将来への不安を抱えています。本記事では、こうした現状を背景に注目されている「M&A」について、業界の動向や成功事例を交えながら詳しく解説していきます。
事業承継を考える経営者や新規参入を検討する異業種企業にとって、実践的な判断材料となる内容を紹介していますので、ぜひ最後までお読みください。

この記事の監修者

目次

介護業界とは?

介護業界とは、高齢者や心身に障がいを抱える方々が日常生活を営むうえで必要な支援を提供するサービスを展開している産業分野を指します。具体的には、食事や入浴、排せつといった身体介護から、買い物や掃除などの生活援助まで、幅広いサービスを通じて利用者の自立を支援する役割を担っています。

介護業界の事業形態は非常に多様で、厚生労働省や総務省の分類では「特別養護老人ホーム」「介護老人保健施設」「通所・短期入所介護」「訪問介護」「認知症対応型共同生活介護(グループホーム)」「有料老人ホーム」などが含まれますが、いずれも介護保険法や老人福祉法に基づき、行政の許認可と厳格な基準のもとで運営されています。特に「介護付き有料老人ホーム」を開設する場合は、都道府県や市区町村から「特定施設入居者生活介護」の指定を受ける必要があり、居室の広さや設備、職員の配置基準などが細かく定められています。

介護サービスの分類と特徴

介護サービスは大きく3つのカテゴリに分類されます。ひとつは「居宅サービス」で、訪問介護や通所介護(デイサービス)、ショートステイなどが該当します。各介護サービスは、利用者が自宅で生活を続けながら必要なサポートを受ける形であり、比較的軽度の要介護者を対象としたサービスです。

次に「地域密着型サービス」があり、小規模多機能型居宅介護や認知症対応型グループホームなど、地域内の住民を対象とした柔軟なサービス提供が行われています。最後に「施設サービス」では、特別養護老人ホームや介護老人保健施設、有料老人ホームなど、介護度の高い高齢者が長期的に生活するための設備が整った施設が含まれます。

とくに有料老人ホームには「介護付き」「住宅型」「健康型」という3つのタイプが存在し、介護付きの施設に関しては介護サービス提供体制や医療連携体制などに厳しい基準が設けられています。結果として、入居者に対する安全性とサービス品質が確保されている反面、事業者にとっては制度対応とコスト面での負担が重くなるという側面もあります。

介護業界の課題

日本の介護業界は、高齢化の急速な進展に伴い需要が高まり、市場規模の拡大が続いています。しかし一方で、現場では深刻な人材不足や経営の厳しさ、制度上の制約といった複数の課題が表面化しています。本章では、こうした介護業界が直面している代表的な課題について、それぞれの側面から詳しく解説していきます。 介護業界が抱える課題は、高齢化の進行と市場拡大がもたらす影響、深刻な人材不足とその構造的背景、処遇改善と介護報酬制度の課題、経営資源の確保と生産性の向上があげられます。

高齢化の進行と市場拡大がもたらす影響

日本では高齢化が急速に進行しており、それに伴って介護業界の市場規模は拡大を続けています。内閣府が公表した『令和3年版高齢社会白書』によると、2020年時点の65歳以上の人口は3,619万人に達しており、高齢化率は28.8%にのぼります。2000年と比較すると、実に10ポイント以上の増加です。特に2022年以降は、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者に突入したことで、要介護認定者や介護サービス利用者の数が急激に増えています。

今後は団塊ジュニア世代が65歳を超える2040年にかけて、さらに高齢化が進行し、国民の約3人に1人が高齢者となると予測されています。結果として、介護需要は一層拡大する一方で、業界が直面する課題も深刻化しています。

深刻な人材不足とその構造的背景

介護業界最大の課題の一つが、人材の慢性的な不足です。厚生労働省の統計によれば、介護職の有効求人倍率は2024年5月時点で3.61倍となっており、全職種平均の約1.05倍と比べても際立って高い水準にあります。つまり、事業者が求める人材に対して実際の応募者が圧倒的に不足していることを示しています。

さらに、同省の試算によると2025年度には約243万人の介護職員が必要とされ、年間5.3万人の人材が不足する見込みです。2040年には不足数は約3.3万人に減少するとされていますが、それは高齢者人口のピークを超える時期にあたるためであり、今後10年〜15年の間はとくに人材確保が困難を極めると予想されます。

人手不足の要因は、介護職における労働環境の厳しさや給与水準の低さにあります。身体的・精神的負担が大きいにもかかわらず、処遇面が他業種と比べて魅力的でないことが、人材の流出と定着率の低下を招いています。

処遇改善と介護報酬制度の課題

国は人材不足の対策として、介護職員の処遇改善を目的とした加算制度や交付金の支給を行っています。2024年度の介護報酬改定では、全体で1.59%のプラス改定が行われ、そのうち0.98%は処遇改善加算が含まれています。光熱費上昇への対策なども含めると、実質では2.04%の引き上げとなり、過去最高水準に迫る内容です。

しかしながら、「訪問介護」「訪問リハビリテーション(予防)」「定期巡回・随時対応型訪問介護看護」「夜間対応型訪問介護」などのサービスについては、逆に基本報酬が引き下げられました。とくに訪問介護は全国に3万6,000以上の事業所が存在する中、今回のマイナス改定によって経営環境が悪化する事業者も多く、撤退の加速や地域における介護サービスの空白化が懸念されています。

経営資源の確保と生産性の向上

介護業界においては、施設の新設や既存施設の設備更新、人材育成に必要な経営資源の確保も大きな課題です。報酬制度の制約や人件費の高騰により、収益性が圧迫されている中、多くの事業者が資金面や人員面で厳しい状況に置かれています。

こうした状況の中で、ICTやAI、ロボット技術などの導入によって業務効率を高める取り組みが進められています。たとえば、記録業務のデジタル化や見守りセンサーの導入などは、介護現場の生産性向上に一定の効果をもたらしています。しかし、こうした技術活用には導入コストや職員の教育も必要であり、すべての事業者が容易に取り組めるわけではありません。

介護業界の現状と動向

日本の介護業界は、高齢化の進行に伴い市場規模を拡大させており、それに呼応するようにM&Aの件数も年々増加しています。事業承継や人材確保、異業種の新規参入といったさまざまな目的のもと、M&Aは介護業界の変化を加速させる大きな潮流となっています。ここでは、介護業界におけるM&Aの現状と最新動向について、詳しく解説していきます。

市場拡大を背景としたM&Aの活性化

介護業界では、高齢化の進行によりサービスの需要が年々増加しており、それに伴ってM&A(企業の合併・買収)も活発化しています。特に、すでに介護事業を運営している企業を買収することで、スムーズに事業拡大を図る戦略が広がっています。主な理由としては、介護業界が「規制産業」「設備産業」の側面を持ち、ゼロから新規参入するには高いハードルがあるためです。

異業種からの参入も注目されており、野村不動産や大和証券、センコーグループなどが介護事業への資本参加を進めています。とりわけ、有料老人ホームのような総量規制がある分野では、既存の事業者をM&Aによって傘下に収める動きが顕著です。

さらに、慢性的な人手不足という介護業界特有の課題に対応するため、熟練人材やノウハウを持つ企業をM&Aで取得するケースも増えていることからも、収益性や人材面での強化を狙ったM&Aが、今の介護業界では重要な経営戦略として定着しつつあります。

事業承継問題とM&Aによる世代交代

介護業界では、中小規模の施設を中心に経営者の高齢化が進んでおり、事業承継の問題が深刻化しています。介護保険制度が始まった2000年以降に創業した施設では、経営者がすでに引退時期を迎えているケースも多く、後継者が不在となる事例が後を絶ちません。

これまで親族や社内の従業員への引き継ぎが一般的でしたが、少子化の影響でその選択肢も限られており、第三者へのM&Aを活用する流れが拡大しています。M&Aを通じて事業を存続させることで、従業員の雇用を守りながら利用者へのサービス提供も継続できるため、社会的にも合理的な選択肢として受け入れられています。

異業種による新規参入とその背景

介護業界が成長産業として注目を集める中で、異業種からのM&Aによる新規参入も顕著です。住宅建設、保険、警備、運輸など、介護と親和性のある分野の企業が、相乗効果を期待して介護事業者を買収する事例が増えています。

新規参入の際に直面する行政手続きや制度上のハードルを回避するため、すでに認可を受けた事業所の買収が戦略的に選ばれています。なかでも、有料老人ホームなど新設が難しい分野では、M&Aによる既存事業の取得が効率的な手段とされています。

人材確保を目的としたM&Aの増加

介護業界では慢性的な人手不足が続いており、その対策として人材獲得を目的としたM&Aが進んでいます。人材育成の仕組みや現場ノウハウを持つ企業をグループ化することで、採用力や職員の定着率を高めることが可能になります。

また、M&Aによって施設数が増えると、一般職員が管理職として別施設に異動するなどのキャリア形成機会も増え、働く側にとっても魅力的な環境となります。企業側としても、明確なキャリアパスを提示することで採用活動の競争力が高まり、人材不足の改善につながると期待されています。

事業領域の再編と選択と集中

介護業界は、在宅サービスと施設サービスで必要とされる経営資源が異なります。こうした特性を活かし、企業が自社の強みに応じた事業領域へ再編を図るM&Aも増加しています。たとえば、在宅サービスに注力したい企業が施設事業を売却し、逆に施設運営を強化したい企業が新たに買収を行うなど、選択と集中の動きが進んでいます。

こうした事業再編は経営効率の向上だけでなく、サービスの質を維持しながら収益性を高めることにもつながるため、今後さらに活発化することが予想されます。

海外進出を視野に入れたM&Aの広がり

現在の日本の介護市場は拡大傾向にあるものの、将来的には人口減少に伴う需要減が見込まれる中、海外市場への進出を図る企業も出始めています。とくに中国をはじめとするアジア圏では、高齢化が進んでいるにもかかわらず介護サービスの整備が遅れている地域も多く、ビジネスチャンスとしての期待が高まっています。

海外進出の一環として、現地企業とのM&Aや提携を通じた事業展開が進められており、将来的には介護業界のグローバル化がさらに進行する可能性があります。国際的なネットワークを構築することで、新たな収益源を確保し、企業の持続的成長につなげようとする動きが今後の注目点となります。

介護業界のM&Aにおけるメリット

介護業界では、高齢化の進展と人手不足が同時に進行しており、経営の安定や事業の継続に悩む企業が増えています。そうした中、M&Aは単なる売却・買収の手段にとどまらず、双方にとって将来への道を開く重要な選択肢となっています。
ここでは、譲渡側と譲受側それぞれの立場から、介護業界におけるM&Aの具体的なメリットを詳しく解説します。

譲渡側にとってのメリットとしては、経営の不安定さからの脱却と継続の実現、従業員の雇用と成長機会の確保、後継者不在という経営課題の解決をあげることができます。
一方で、譲受側にとってのメリットとしては、拠点整備にかかるコストと時間の削減、経験豊富な人材と利用者の同時確保、許認可の引き継ぎによる円滑な事業展開をあげることができます。

譲渡側にとってのメリット

まずは、譲渡側のメリットを解説していきます。

経営の不安定さからの脱却と継続の実現

介護事業は、国の介護保険制度に基づいて運営されるため、収益構造の多くを介護報酬に依存しています。しかし、介護報酬は3年ごとに改定され、場合によってはマイナス改定もあり、特に中小規模の事業者にとっては経営を不安定にさせる要因となります。M&Aによって資本力のある法人に事業を譲渡することで、こうしたリスクを分散できるだけでなく、事業の継続が現実的になります。経営の安定化は、利用者にとっても安心してサービスを受けられる環境の維持につながります。

従業員の雇用と成長機会の確保

事業がM&Aによって譲渡されることで、従業員の雇用が守られるだけでなく、キャリアアップの機会が広がる可能性もあります。大規模な事業者の一員となることで、異なる介護サービスに携わる機会や、研修・人事制度の充実を通じてスキルを高められる環境が整います。事業の継続性が確保されることで、従業員は長期的なキャリア設計がしやすくなるという側面もあります。

後継者不在という経営課題の解決

介護業界においても経営者の高齢化は進んでおり、後継者不在による廃業のリスクは年々高まっています。M&Aによる事業承継は、後継者がいない経営者にとって有効な出口戦略です。さらに、譲渡によって創業者利益を得ることができるだけでなく、借入金の個人保証からの解放など、経営者自身にとっての大きな経済的メリットも存在します。

譲受側にとってのメリット

続いて、譲受側のメリットを解説していきます。

拠点整備にかかるコストと時間の削減

介護事業の新規立ち上げには、土地の取得や施設の建設、許認可の取得が必要となり、多くの時間と資金がかかるため、事業開始までに長期化することもあります。一方で、M&Aによって既存施設を引き継いでしまえば、上記のプロセスを省略または大幅に簡素化でき、早期にサービス提供を開始することが可能になります。とくに異業種からの新規参入を検討する企業にとっては、負担を大きく軽減できる選択肢といえるでしょう。

経験豊富な人材と利用者の同時確保

人材不足が深刻な介護業界において、M&Aによってスタッフを丸ごと受け継げることは大きなアドバンテージです。特に、既に現場経験を持ち、地域との関係性が構築されている人材をそのまま活用できるため、採用や育成にかかるコストを抑えつつ即戦力を確保できます。また、すでにサービスを利用している利用者も引き継ぐことができるため、新規顧客の開拓に頼らずに初期から一定の売上を見込むことができます。

許認可の引き継ぎによる円滑な事業展開

介護事業を行うには、各種法的な許認可が必要ですが、M&Aが「株式譲渡」の形式で行われた場合、法人格そのものは変わらないため、既存の許認可をそのまま引き継ぐことが可能です。結果として、事業開始に伴う煩雑な申請作業や審査期間を回避することができ、迅速な事業展開が可能になります。ただし、事業譲渡などその他の方式を用いた場合は、新たに申請手続きが必要となる点に注意が必要です。

介護業界のM&Aの相場

介護業界でのM&Aを検討する際、多くの経営者が最も気になるのが「自社がいくらで売れるのか」という点です。介護施設のM&Aは年々増加傾向にあり、売却の検討が進む中で、適正な売買価格を把握することは極めて重要です。ここでは、介護施設におけるM&Aの相場感とその評価方法について詳しく解説します。

介護施設におけるM&Aの大まかな相場

介護業界のM&A相場は、事業の規模や利益水準、立地条件によって大きく異なりますが、一般的な目安として、首都圏の介護施設では3,000万円から1億円程度が相場とされています。ただし、これはあくまで一例であり、実際の売却価格は個々の事業状況によって大きく左右されます。

では、どのようにして相場とされる金額が算出されるのでしょうか。M&Aの現場では、以下のような基本的な計算式が用いられることが多くあります。
●介護施設のM&A相場 = 時価純資産額 + 営業利益の3年〜5年分

上記の式は、介護施設が保有する不動産や設備といった資産から債務を差し引いた「時価純資産」に、毎年の安定した営業利益の数年分を加えたものです。たとえば、時価純資産が2,000万円で、年間営業利益が1,000万円ある場合、3年分を加味すると以下のように算定されます。
●2,000万円+1,000万円×3年分=5,000万円

このように、利益が出ている介護施設であれば、数千万円から1億円の範囲で譲渡されることが多いのです。

企業価値の評価方法と選定基準

より正確なM&A価格を算出するためには、専門的な企業価値評価が欠かせません。企業価値評価には大きく3つのアプローチがあり、それぞれの特性を理解しておくことで、より適切な価格交渉が可能になります。

1. コストアプローチ(純資産法)

コストアプローチ(純資産法)では、企業の貸借対照表に記載された純資産をもとに評価します。最もシンプルで客観的な方法であり、資産の多い事業者や収益が安定していない場合に用いられることが多いです。介護施設においても、不動産や設備などの実物資産が重要視される場合、コストアプローチが適用されます。

2. インカムアプローチ(DCF法など)

インカムアプローチ(DCF法など)は、将来の収益を現在価値に割り引いて評価する手法です。介護事業における今後の収益性に注目し、長期的な事業計画を基に評価額を算出します。利益が継続的に期待できる場合には、インカムアプローチによって高い企業価値が評価されるケースもあります。

3. マーケットアプローチ(類似企業比較法)

マーケットアプローチ(類似企業比較法)とは、過去のM&A事例や上場企業の株価など、市場の取引事例を基に企業価値を評価する方法です。類似した事業形態・地域・規模のM&Aデータを参照することで、現実的な売買価格に近い数値を導き出すことができます。

実際の売買価格は交渉で決定される

企業価値評価を用いて算出された価格は、あくまで理論上の「参考値」に過ぎません。最終的な売買価格は、買い手と売り手の交渉によって決定されます。たとえば、買い手が強い関心を持っており、同地域での事業拡大を急いでいる場合には、相場よりも高い価格で買収が成立することもあります。

逆に、売り手側が早期の売却を希望していたり、施設の業績が悪化していたりする場合は、相場よりも低い価格での売却となるケースもあります。そのため、M&Aを成功させるには、価格面だけでなく、譲渡のタイミングや交渉戦略も非常に重要なポイントです。

介護業界のM&A成功ポイント

介護業界では、経営者の高齢化や人材不足、収益構造の課題などからM&Aによる事業承継が活発化しています。しかし、M&Aは単なる売却や買収の手続きではなく、介護サービスという社会的な責任を伴う事業の継続を意味します。そのため、慎重かつ的確に進めることが求められます。ここでは、介護業界におけるM&Aを成功に導くための重要なポイントを詳しく解説します。

介護業界のM&A成功ポイントは、事業の現状を的確に把握すること、利用者属性を踏まえた売却戦略の立案、不動産の所有形態とメンテナンス状況の確認、行政手続きと許認可の扱いへの理解、・有資格者の継続雇用と人材対策、介護報酬改定や補助金制度への対応、専門家の支援を早期に受けることが挙げられます。

事業の現状を的確に把握する

M&Aを検討する際、まず必要なのは自社の現状を正しく理解することです。入居率や稼働率、職員の定着率、利用者の満足度といった数値だけでなく、業績に影響を及ぼしている要因を明確にすることが大切です。たとえば、入居率が低い原因が人手不足にあるのか、施設設備の老朽化によるものか、あるいは地域ニーズとのミスマッチかを把握する必要があります。事業の強みと弱みを事前に洗い出し、それに対する改善策を講じておくことで、譲渡価格の向上や買い手側との交渉を有利に進めることができます。

利用者属性を踏まえた売却戦略の立案

介護施設の収益構造は、単に入居者数だけで決まるものではありません。介護度の高い利用者が多い施設では、介護報酬による収益が大きくなる一方で、職員配置やサービス内容の充実が求められます。逆に介護度の低い入居者が多い施設では、施設管理コストに対して収益性が低下する可能性もあります。そのため、施設の入居者属性を把握した上で、買い手企業との相性やシナジー効果を慎重に見極める必要があります。事前に対象施設の収益構造と利用者層を分析し、相性の良い買い手を選定することが、M&Aの成功につながります。

不動産の所有形態とメンテナンス状況の確認

介護事業は人材によるサービス提供だけでなく、不動産ビジネスとしての側面も強く持ち合わせています。施設が自己所有であるか、賃貸物件であるかによって譲渡後の運営体制や必要な契約手続きは大きく変わります。また、建物の耐久性、設備の老朽化、修繕履歴なども、買い手企業にとっては判断材料になります。特に事業譲渡の場合、賃貸借契約の再締結が必要になるため、施設の貸主との調整が円滑に進められるかどうかが鍵になります。売却前に施設の法的・物理的な状態を確認し、必要な整備や書類の準備を進めておくことが重要です。

行政手続きと許認可の扱いへの理解

介護業界のM&Aでは、介護保険法に基づく行政手続きも見逃せない要素です。株式譲渡であれば許認可はそのまま引き継がれますが、事業譲渡の場合は再申請が必要となり、申請から認可までに数ヶ月を要する場合もあります。さらに、自治体によって対応や要件が異なるため、地域の行政指導に通じた専門家の関与が不可欠です。M&Aの計画段階から、どのような手続きが必要になるかを明確にし、スムーズな引き継ぎが可能な体制を整えておくことが、M&Aの成否を左右します。

有資格者の継続雇用と人材対策

介護サービスは専門性の高い業務であり、有資格者の存在が事業継続の前提となります。社会福祉士や介護福祉士、看護師などのスタッフが離職してしまうと、事業所の運営が困難になるだけでなく、自治体の指定基準を満たせずに指定取消しとなるリスクも生じます。M&A後もサービス提供体制を維持するには、譲渡条件に従業員の雇用継続を含めること、待遇変更に対する不安の払拭を事前に図ることが大切です。売り手・買い手双方で人材に関する合意形成を丁寧に行うことで、M&A後の混乱を防ぎます。

介護報酬改定や補助金制度への対応

介護報酬は国の制度に基づき3年ごとに見直され、その内容が事業の収益性に直結します。M&Aを進める際には、報酬改定の時期や方向性を十分に把握し、想定される影響を事前に分析する必要があります。特に、2024年の改定以降は介護事業者に財務情報の公開が義務付けられたため、買い手はより慎重に事業の健全性を評価します。また、補助金の取り扱いも要注意です。過去に公的補助を受けている場合、譲渡によって返還義務が発生する可能性があります。こうした制度リスクを見越し、事前に行政との確認を済ませておくことが求められます。

専門家の支援を早期に受ける

介護業界のM&Aは、法務・税務・行政・労務など幅広い知識が必要な領域であり、素人が単独で対応するのは非常に困難です。M&Aを成功させるためには、早い段階で実績あるM&Aアドバイザーや専門家に相談することが不可欠です。実績や対応力、料金体系などを比較し、自社に最適なパートナーを選定することで、交渉力の強化やトラブルの回避が可能になります。また、第三者的な視点から事業の磨き上げや買い手選定のアドバイスを受けることで、より高値での売却が実現する可能性も高まります。

介護業界のM&A事例

最後に、「ニチイホールディングス」「ツクイホールディングス」「ワキタ」の3つのM&A事例を通して、介護業界における最新のM&A動向を詳しく紹介します。

ニチイホールディングスの買収事例:日本生命による業界最大手の買収

2023年、日本生命保険が介護業界最大手のニチイホールディングスを買収することで合意し、大きな話題となりました。日本生命はベインキャピタルが保有するニチイHD株の99.6%を約2,100億円で取得する計画を発表したことで、日本生命は本格的に介護業界へ参入する形となりました。

ニチイホールディングスは、介護や医療事務、保育などを手がけるニチイ学館や、介護付き有料老人ホームを運営するニチイケアパレスを傘下に持つ総合介護企業です。在宅系サービスの拠点数は全国に1,500拠点を超え、訪問介護やデイサービス、居宅介護支援など幅広いサービスを提供しています。ベインキャピタルのもとでは経営資源を収益性の高い分野に集中させ、関西圏の事業拡大のために複数の企業を買収するなどM&Aを積極的に展開していました。

日本生命との今回のM&Aは、生命保険と介護という異なる業界の融合を意味し、保険会社としての資金力を活かしながら、介護分野のさらなる事業展開を図る布石ともいえます。保険商品と介護サービスのシナジーによって、利用者視点に立った新たなサービス展開も期待されています。

ツクイホールディングスのM&A事例:MBKパートナーズによるTOBによる完全子会社化

2021年には、介護業界の大手であるツクイホールディングスが、北アジアを拠点とするPEファンドMBKパートナーズのTOB(株式公開買い付け)により買収され、完全子会社化されました。MBKパートナーズは投資ファンドとしてはアジア最大級の規模を誇り、これまでに多数の著名企業のM&Aを手がけています。

ツクイホールディングスは、1969年に土木事業からスタートした企業ですが、1983年には介護事業へと本格的に参入し、デイサービス拠点数では全国トップクラスの規模を誇るまでに成長しました。また、居住系サービスや人材紹介、福祉車両のリース、高齢者向けITサービスなど幅広い関連事業を展開しています。

買収に至った背景には、新型コロナウイルスの影響によって、主力であるデイサービスの利用者数が減少し、将来的な成長戦略の見直しを迫られたことがあります。事業の不透明性が高まる中で、MBKパートナーズの支援を受けることで経営の安定化とさらなる成長を目指す判断が下されたといえるでしょう。一方でMBK側は、介護業界の将来性と収益力に注目し、将来的な再上場などを視野に入れた成長戦略を描いています。

ワキタによるニチイケアネットの譲受:異業種からの介護周辺領域への進出

2023年には、土木・建設機械の販売やリースを主力とする株式会社ワキタが、ニチイホールディングスの子会社であるニチイケアネットを譲り受けるというM&Aも行われました。ニチイケアネットは、福祉用具のレンタル・販売卸事業やカタログ製作などを手がける企業であり、介護現場の支援インフラを提供する重要なポジションを担っています。

このM&Aの狙いは、ワキタにとって新たな事業分野である福祉用具卸業への本格参入にあります。既存の建機リースや卸売のノウハウを活用しながら、介護業界における安定的な収益基盤を構築する意図がうかがえます。また、ニチイケアネットが持つ全国規模の販売網やノウハウを活かすことで、短期間での事業拡大も期待されています。

介護業界の中核サービスそのものではなく、その周辺支援領域への参入は、異業種企業にとっても比較的リスクが低く、今後も増加する可能性が高いM&Aのパターンといえるでしょう。

まとめ

介護業界のM&Aは、単なる事業の売買にとどまらず、業界全体の持続可能性や地域社会への貢献に深く関わる戦略的選択です。将来的な介護ニーズの拡大とともに、事業承継や人材確保、業務効率化といった課題に向き合う中で、M&Aはますます重要性を増しています。
経営者にとっても、参入を検討する企業にとっても、自社の状況を正しく見極め、専門家と連携しながら最適なタイミングと方法を選ぶことが、成功の鍵となります。

最後までお読みいただきありがとうございました。

M&A・事業継承のご相談ならM&A Lead

M&A・事業承継のご相談はお任せください。 経験豊富なM&Aアドバイザーが、無料でお話をお伺いし、M&Aに捉われず、ご相談いただきました会社・事業オーナー様に最適なご提案させていただきます。 まずはお気軽にお問い合わせください。

WebからM&Aアドバイザーに無料で相談する

    気になられていることや、ご相談されたいたいこと等を自由にご記載ください

    個人情報保護方針にご同意いただいた上、「送信内容の確認画面へ」ボタンをクリックしてください。

    POPULAR

    読まれている記事

    スマホ用CTA